KAT-TUNの初期メンバーは6人!脱退順・理由と解散後の現在を解説

- KAT-TUN初期メンバー6人の脱退順と理由を解説

KAT-TUNは、亀梨和也さん、赤西仁さん、田口淳之介さん、田中聖さん、上田竜也さん、中丸雄一さんの6人で結成されたアイドルグループです。

2006年に「Real Face」でCDデビューし、華々しいスタートを切りました。

しかし、その後は赤西仁さん、田中聖さん、田口淳之介さんが相次いでグループを離れ、最終的には亀梨和也さん、上田竜也さん、中丸雄一さんの3人体制となっています。

そして、2025年3月31日をもってKAT-TUNは解散しました。

この記事では、KAT-TUNの初期メンバー6人や脱退した順番、それぞれがグループを離れた理由、解散後の活動について紹介します。

目次

KAT-TUNの初期メンバーは6人

KAT-TUNは、2001年に6人組のグループとして結成されました。

初期メンバーは次の6人です。

メンバーグループ名の文字その後
亀梨和也K解散まで在籍
赤西仁A2010年に脱退
田口淳之介T2016年に脱退
田中聖T2013年に契約解除
上田竜也U解散まで在籍
中丸雄一N解散まで在籍

「KAT-TUN」というグループ名は、初期メンバー6人の名字の頭文字を組み合わせて付けられました。

2006年3月22日に発売されたデビューシングル「Real Face」は大きなヒットを記録し、デビュー当初から高い人気を集めています。

KAT-TUNメンバーの脱退順

KAT-TUNからメンバーが離れた順番は次のとおりです。

  1. 赤西仁:2010年
  2. 田中聖:2013年
  3. 田口淳之介:2016年

3人が離れた後は、亀梨和也さん、上田竜也さん、中丸雄一さんによる3人体制で活動を続けました。

亀梨和也さんは2025年3月31日に所属事務所を退所していますが、同じ日にKAT-TUN自体が解散しています。

そのため、赤西仁さんたちと同じような「活動中のグループからの脱退」とは分けて考えた方がよいでしょう。

赤西仁がKAT-TUNを脱退した理由

赤西仁さんは、2010年にKAT-TUNを離れました。

赤西仁さんは以前から海外での活動に強い関心を持っており、2010年にはアメリカでのソロ公演に参加しています。

一方、残るメンバーは5人で国内ツアーなどを行っていました。

赤西仁さんが海外でのソロ活動を続けるなかで、グループと個人の活動方針を両立することが難しくなったとみられています。

その後、赤西仁さんはKAT-TUNを離れ、ソロアーティストとして活動する道を選びました。

赤西仁さんの脱退については「方向性の違い」と説明されることがありますが、単純なメンバー同士の不仲が原因だと確認されたわけではありません。

脱退後は国内外で音楽活動を続け、自身のスタイルを確立しています。

田中聖がKAT-TUNを離れた理由

田中聖さんは、2013年9月に所属事務所との契約を解除され、KAT-TUNを離れました。

事務所は、度重なるルール違反があったことを契約解除の理由として説明しています。

赤西仁さんや田口淳之介さんのように、本人の希望によって円満にグループを離れたケースとは異なり、田中聖さんは契約解除に伴ってKAT-TUNを離れる形となりました。

ネット上では、契約解除に関するさまざまな噂も見られます。

しかし、根拠が明確ではない情報もあるため、公式に発表された「度重なるルール違反」以上のことを事実として断定するのは適切ではありません。

田中聖さんが離れた後、KAT-TUNは4人体制で活動を続けています。

田口淳之介がKAT-TUNを脱退した理由

田口淳之介さんは、2015年11月に音楽番組へ出演した際、翌年春にKAT-TUNと所属事務所を離れることを発表しました。

2016年3月31日をもって正式に脱退しています。

田口淳之介さんは、30歳を目前に今後の人生について考え、自分の道を選択したという趣旨の説明をしていました。

詳しい事情のすべてが公表されたわけではありませんが、本人が将来の生き方を考えたうえで下した決断だったと考えられます。

一部では交際や結婚との関係が取り上げられましたが、それが脱退の正式な理由として発表されたわけではありません。

田口淳之介さんが離れたことで、KAT-TUNは6人から3人となりました。

3人体制のKAT-TUNが活動を継続

田口淳之介さんの脱退後は、次の3人がKAT-TUNとして活動を続けました。

  • 亀梨和也
  • 上田竜也
  • 中丸雄一

3人体制となったKAT-TUNは、2016年5月から「充電期間」に入っています。

充電期間中はグループとしての活動を一時休止し、それぞれが個人で経験を積みました。

その後、2018年1月にグループ活動を再開。

メンバーが半分になってもKAT-TUNの名前を守り、ライブや音楽活動を続けました。

KAT-TUNは2025年3月31日に解散

KAT-TUNは、2025年3月31日をもって解散しました。

所属事務所は、約1年にわたってメンバーと話し合った結果、KAT-TUNの名前を下ろし、それぞれの道を選ぶ方がよいと判断したと説明しています。

解散に伴い、亀梨和也さんは契約満了をもって所属事務所を退所しました。

上田竜也さんと中丸雄一さんは、個人として所属事務所との契約を継続しています。

以前の記事やネット上の情報には「亀梨和也が脱退する可能性」「上田竜也と中丸雄一の2人で活動を続ける可能性」といった記述があります。

しかし、KAT-TUNはすでに解散しているため、これらは発表前の古い情報です。

KAT-TUN解散の理由は?

KAT-TUNの解散理由について、メンバー間の不仲や特定の人物の問題が原因だと公式に発表されたわけではありません。

所属事務所の説明によると、メンバーと約1年間にわたって今後について話し合い、3人がそれぞれの道を選ぶことになりました。

KAT-TUNは2001年の結成から約25年間にわたり活動しています。

メンバーの脱退、契約解除、充電期間など、さまざまな出来事を乗り越えてきました。

最終的には誰か1人の脱退によって突然解散したというより、3人の今後を考えたうえで区切りをつけたと考えられます。

KAT-TUNメンバー6人の現在

KAT-TUNの初期メンバー6人は、それぞれ別の道を歩んでいます。

亀梨和也

亀梨和也さんは、KAT-TUNの解散と同日の2025年3月31日をもって所属事務所を退所しました。

その後は独立し、俳優、タレント、YouTubeなど幅広い分野で活動しています。

赤西仁

赤西仁さんは、KAT-TUN脱退後、ソロアーティストとして国内外で音楽活動を続けています。

自身で活動の方向性を決めながら、ライブや楽曲制作などを行っています。

田口淳之介

田口淳之介さんは、KAT-TUN脱退後、ソロで音楽活動やタレント活動を行ってきました。

近年は麻雀に関係する活動など、アイドル時代とは異なる分野にも活動の幅を広げています。

田中聖

田中聖さんは、2013年に契約解除となってKAT-TUNを離れました。

脱退後の活動や私生活についてはさまざまな報道がありますが、この記事ではKAT-TUN在籍時と脱退までの経緯を中心に紹介しています。

上田竜也

上田竜也さんは、KAT-TUN解散後も所属事務所との個人契約を継続しています。

グループ解散後は、俳優、音楽、舞台、バラエティーなど、個人での活動を続けています。

中丸雄一

中丸雄一さんも、KAT-TUN解散後に個人として所属事務所との契約を継続しました。

漫画、イラスト、バラエティー、情報番組など、これまでの経験を生かした個人活動が注目されています。

KAT-TUNが6人から3人になるまで

KAT-TUNの歩みを時系列でまとめました。

年出来事人数
2001年KAT-TUN結成6人
2006年「Real Face」でCDデビュー6人
2010年赤西仁が脱退5人
2013年田中聖が契約解除4人
2016年田口淳之介が脱退3人
2016年充電期間に入る3人
2018年グループ活動を再開3人
2025年3月31日をもって解散―

3人のメンバーが離れた後も、残った亀梨和也さん、上田竜也さん、中丸雄一さんは、KAT-TUNとして約9年間活動しました。

まとめ

今回は、KAT-TUNの初期メンバーや脱退順、脱退理由、解散後について紹介しました。

  • KAT-TUNは6人で結成された
  • グループ名は6人の名字の頭文字が由来
  • 2010年に赤西仁が脱退
  • 2013年に田中聖が契約解除
  • 2016年に田口淳之介が脱退
  • その後は亀梨和也、上田竜也、中丸雄一の3人で活動
  • 2025年3月31日にKAT-TUNは解散
  • 解散後は6人がそれぞれの道を歩んでいる

KAT-TUNは、メンバーが6人から5人、4人、3人と変化しながらも、長年にわたってグループの名前を守り続けました。

すでにグループとしての活動は終了していますが、個人として活動するメンバーの今後にも注目したいですね。

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